散歩

世の中ハラハラ

今日は特に変わった事はありませんでした。日常、という感じです。朝6時に起きて、ご飯を食べてコーヒーを飲み、雑用を済ませて会社に行き、定時まで業務に就き、終わったら風呂に入って着替えて帰宅し、夕食を食べて雑用を済ませて今に至ります。このブログを書いたら、恐らく読書をして、ピアノの練習をして、布団に入ります。この変化の無い生活が、最適化された状態だと思います。休日は、ついつい遊び惚けてしまい、食事の時間が遅くなったり、朝寝坊したり、夜更かししたりと、生活が乱れてしまいます。また、出張など自宅以外で生活すると、同様に乱れが生じます。この乱れが、病の元ではないか、と最近では感じています。つまり、会社に行って仕事をしている生活は、安定しており、病気になりにくいと(僕の場合は)考えることが出来るのです。他の人はどうなのでしょうか。周囲を観察していると、だいたい同じように見受けられます。特にお酒を呑みに行って、夜中まで騒いでいた、という話を聞く時は、その話し手はだいたい鼻声で風邪を召していらっしゃるようです。理性が働かないくらいまでお酒を呑んでいるらしいので、どうやって帰宅しているのか、とても不思議です。財布を無くした、ケータイを無くした、という話を同僚から時折聞きます。それこそ、どうやって帰ったの?となりますが、本能で自宅まで歩いて帰宅できるものなのでしょうか。とても不思議です。会社主催の忘年会は、断りましたから、呑兵衛の行動観察をできなくて残念ですが、見ている分には面白いものだなと感じます。絡まれると、非常に迷惑ですが。基本的に騒がしいですし。しんみりと呑んでいる人たちは、「嗜み方」をよくご存じだと思います。二十歳頃、つまり20年近く前ですと、酒は飲めるように訓練するものだと教わりました。就職した先の飲み会では、頑張ってビールを呑むようにしていました。全く美味しくありません。しかし、それが「嗜み」だと教わっていたので、無理して呑みました。飲酒後の夜中は必ず頭痛に襲われました。元々お酒に弱い事は知っていたので、訓練しなければいけないのかな、と憂鬱に感じていた時期があります。お酒の味が全く理解できないのが、少し悔しかったという気持ちも少なからずありました。ただ、日本酒の熱燗は、お猪口で数杯だけなら、とても美味しく呑めました。しかも、頭痛はありませんでした。全てのアルコールを受け付けない訳ではないのだな、と気付いた次第です。しかし、ここ最近はもうお酒の席でも断る事にしています。パワハラという言葉が世に出てきたおかげで、あまり勧めてくる人はいなくなりました。とてもありがたい事です。セクハラに始まり、モラハラ、マタハラなど様々なハラスメントが訴えられていますが、このペースで行くと、公共の場でくしゃみをしただけでも「○○ハラスメント」などと言われてしまいそうで、ハラハラしてしまいます。控えめが一番ですね。

呑みたくなる場所