• 農耕

    探し物は下ろし立ての靴

    昨日の記事で田植え体験について書きましたが、ちょっとしたハプニングがあった事を忘れていました(大丈夫か?)。苗を植える前に、子供達だけで田んぼの中に無作為に投げ入れられたカラフルなボールを拾ってきて、お菓子と交換する、というゲームが行われました。子供たちは、昨年に参加したときに、裸足で田んぼに入って、足の裏にトゲが刺さってしまい、大変な思いをしたのです。ですから、今年は、水遊び用のシューズを購入し、それを履いて臨みました。川で遊ぶときに履く、ウォーターシューズ(海ならマリンシューズ?)です。苔の付いた岩の上などを歩くので、滑りにくくなっていて、不用意な転倒を防いでくれますし、尖ったものを水の中で踏んでしまう事もありますので、切創防止ですね。ガラスの破片が結構落ちていたりしますので、そういったシューズを履くことは有効であると思います。それだけ、人工物があちらこちらに捨てられている、という事ですね。嘆かわしことですが、こればかりはどうしようもありません。気付いたら拾う、の繰り返しです。今では、運動会のリレーなどで靴を脱いで走る人は少ないことでしょう。僕は、ここぞという時は、裸足で走っていました。運動靴は、アスファルトではグリップが良いのですが、グラウンドの砂の上だと、滑ります。直線ならまだ良いのですが、リレーのようにトラック競技で、カーブを通過する時に体勢を傾けると、倒れてしまいます。裸足だと、踏ん張りが効くので、そちらを好んでいました。しかし、走り終わった後に足の指から出血していることが数回ありました。リレーの結果が1位であれば、ケガの功名と言えるのですが、そうでなければ、ただの出血大サービスです(やや語弊がある)。高校3年生の時に、リレーの第一走者を務めた時に、コースの4分の3を過ぎた辺りで転倒した事があります。すぐに起き上がれず、それが響いて順位は最下位でした。その時、周りの視線と態度が冷たい事。真夏でも背筋が凍る思いでした。幸い、それが最後のリレー参加となりましたので、トラウマになるような事はありませんでしたが、それを小学生くらいに体験したら、もう二度とリレーは出場しなかった事でしょう。メンタルはかなり弱いのです。人前で物凄く緊張しますし。身内の前でもだめですね。原稿を読むだけなら良いのですが・・・話を戻します。子供達がそのウォーターシューズを履いてボール拾いに出陣したのですが、ボールを持って戻ってくると、泣きそうな声で「靴が片方無くなった」と言うのです。よくよく考えれば、それも当然ですよね。深い泥の中に足を入れるのです。長靴ならまだしも、くるぶし程度の深さの靴であれば、隙間に水が入り込んで、さらに泥が吸い付き、簡単に脱げてしまいます。さあ、それからが大変でした。僕はあわよくば、田植えは参加せずに、バーベキューだけを楽しもうと、邪(よこしま)な想いで臨んていたのですが、こうなると、田んぼに入って、靴を探さなければなりません。主催者の方に、子供の靴が片方、田んぼに落ちてしまった旨を告げ、奥様と、様子を見に来た義父と、奥様のご友人母子と僕で、総勢7名及ぶ泥んこ大作戦の開始です。義母もいらしたのですが、腰を痛めているので、田んぼの中は危険ですから、司令塔として、声を張り上げていただきました。他に100人くらいの参加者がいるのですが、広い田んぼの一角で、こんなコミカルな作業をしているなんて誰も想像していなかったことでしょう。靴をなくした長女が行動した範囲を、くまなく探し回りましたが、掴むことが出来たのは、泥の固まりだけでした。暫くして、田植えを終了しましょう、とのアナウンスが流れ、泥んこ作戦一同、諦めムードが漂いましたが、主催側の若い男性二人が「僕たちも探しましょう」と勇敢に田んぼに入っていき、何と、5分と経たない内に発見してくれました。彼らは間違いなくヒーローです。その座を虎視眈々と狙っていた義父は、意気消沈していましたが、とにかく見つかって良かった、と長女が一番喜んでいました。親としては、見つかった事よりも、長女が無くした靴を、周りのみんなが一生懸命探してくれたこと。それが何よりも嬉しく感じました。こういう体験は、おいそれと出来るものではありません。また一つ、感謝の気持ちが芽生え、コミュニティの素晴らしさを痛感した一日となりました。その後のバーベキューが楽しかったのは、言うまでもありませんね。6_20.JPG