• 哲学?

    輪郭と境界の狭間で

    今日はバレンタインデーでしたね。仕事から帰宅したときに、娘たちの手作りチョコレート?をいただきました。感謝。甘いものはコーヒーと合うのです。先ほど食べましたが、美味しかった。ただ、量が少し多かったですね。明日に残せば良かった、と今さらですが後悔しています。後悔しても仕方ありませんね。貰えるうちは幸せだ、ということにしておきましょう。そういえば、今日、会社の先輩から、その旨のお言葉をいただきした。その方は、娘さんとは10年近く口をきいていない、と仰るのです。きっと、寂しいのですね。僕は、そういった感情はあまり持ち合わせていないので、「そうなんですね」としかコメントできませんでした。コミュニケーション下手くそでしょう?こんな感じなので出世しないでしょうし、別にしたいとは思いません。諂(へつら)うのが苦手なのです。沈黙は金なり、という言葉を信じて生きています。あぁ、そうか、こうやって文章を公開することは決して沈黙ではないですね。しかし、僕の手が勝手に動くので、仕方がないのです。成り行きを見守っていきましょう。

    日光浴

    今日は、ふと、輪郭と境界について考えました。僕の中では、両者は同義じゃないのか、と思っていましたが、よくよく考えると、おかしいな、と気付きました。句読点が多いですね。平面だけで考えれば、同義といえるかもしれませんが、立体で見たときに、必ずしもそうではない、ということです。調べてみると、その解答が、意外にも、デッサンの手法から得られました。

    デッサンにおける輪郭は立体のピークを表す線

    (引用先:デッサン・ラボラトリー)

    だそうです。輪郭には3つの意味があり、1:概念、2:外郭、そして3:立体のピーク、これらを表す線のこと。1の概念を表す線とは何だろう?と思いましたが、象徴的で単純な線の事を指すのですね。抽象、とも言えますか。一般的な意味として捉えられているのがこの概念を表す線だそうです。なるほど。2の外郭線は、そのままですね。シルエットがそうですね。デッサンでは、主に3の立体のピークを表す線が問題となるそうです。僕が知りたかったのは、これですね。例えば、今、車を正面から見ているとします。僕が思っていた境界線とは、輪郭でいうところの外郭線です。車と車以外の部分、という見方ですね。この段階では、両者は同じ線とします。では、車の右手45℃に回ってみましょう。先ほどの外郭線と今見ている外郭線は全く別ですね。境界線は常に外郭線となりますが、輪郭は、見方によって、線の位置が変化します。立体のピークを表す線は、常に同じ部位を示すので、視点が変わっても線の構成はそのままです。分かりにくいですね。つまり、輪郭線と、境界線というのは全く別物だよ、ということが理解できたのが本日の収穫だった、という事です。こういった考察が面白いと感じるかどうか、人それぞれですが、少なくともテレビを見ているよりは、勉強になると思います。ところで、立体のピークを表す線、てどうやって見極めるのでしょうね。光の当たり具合?デッサンを全く知らないので、少し調べてみたいと思います。結果をブログには報告しないと思いますけれど。あまり関係ありませんが、僕はものすごく絵が下手です。4歳の娘のほうが上手だと思います。映像を記憶するのが苦手というか、思い出して描けないのです。人間て不思議ですね(逃避)。さてさて、写真は葉っぱたちが両手を広げて日光浴をしているところです。今日は天気が良く、日差しも暖かく感じました。春の訪れまでもう少しでしょうか。