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思考と散歩の二人三脚
本日の話題は散歩からです。休日はあまり出歩かないので、意識的に散歩をしないと、運動不足で、身体の調子が悪くなります。特に腰痛が襲ってきます。変ですよね、休日に身体をこわすなんて。普段できないことを長時間やるので、どうしても身体に負荷をかけてしまいがち。分かっちゃいるんですがね、楽しいので止められないのです。これはいけませんね。散歩で運動不足が解消できるのか、という疑問も浮かんできますが、食事の量を調整すれば、問題ないと思います。それに、考え事をしながら歩くので、心身共に良いエクササイズとなります。メインは、この考え事です。下の2枚の写真は、昨日の散歩で撮影したものです。
分岐のポイント
性懲りもなく、川が登場しますね。この樹を見て面白いなと思ったのは、枝が何箇所も切られていますが、生えてくる場所が固まっているのです。もっと低い幹のところや、或いはもっと高いところから枝を伸ばせば良さそうな気がしますが、きっと、何か理由があるのでしょうね。とても不思議です。最近切断された枝もありますね。このボコボコな感じが、生命力の強さを表しているようです。このような状態を表す慣用句はないかな、とネットで探してみましたが、見つかりませんでした。1か所から沢山出てくる様子です。「雨後の筍(タケノコ)」という言葉がありますが、少しニュアンスが違いますね。人が都会に集まる理由は、恐らく便利さや、憧れ、仕事の関係、施設の充実などがあると思いますが、この樹の中心部も、ある意味、都会的といえますね。そこを中心に枝分かれしていく様は高速道路のジャンクションといったところでしょうか(そのままですが)。話しは異なりますが、僕は田舎が好きです。今では、オンラインショッピングのおかげで気軽に商品を自宅で注文できます。食品も宅配で届けてくれます。恐らく、必要な物品は殆ど揃うでしょう。金額も、店頭より安いですし、品ぞろえも豊富ですし、何より、探し回るという時間を節約できることが大きいと感じます。ただし、コミュニティの圧力みたいなものは、常にのしかかってくるのでしょうね。宗教上の問題があったり、何かと役割を与えられ、地域に貢献しなければならない。そんな風潮は田舎では顕著です。その点に関しては、田舎でなくともそうですが、国として、税金を使って何とかしてもらいたいものです。例えば、新しい道路の建設よりも、消防団を廃止して、消防署員を増やしたほうが雇用が生まれますし、有難いと感じる国民が多いのではないでしょうか。これから人口は減少するのですから、ボランティアで役を幾つも掛持ちしていたら、たまりません。優秀な人間はどんどん海外へ出ていくと思いますよ。いけませんね、口(手)が止まりません。これくらいにしておきましょう。最近のブランコ事情
こちらは、近所の公園に設置されているブランコです。このがっちりホールドされるシートは特別席みたいで、リッチな気分を味わえそうですね。この形状になった理由は、恐らく安全上の問題でしょう。昔からブランコやジャングルジムでの事故は絶えずあります。僕もブランコでぶつかったり落下したことはありますし、ジャングルジムで落ちたこともあります。幸い大けがはしませんでした。やはり、親としては、子供にケガをしてほしくない、という思いが、このようなフォルムを生み出したのでしょう。一見、落ちることはなさそうに見えますが、子供は遊びの王様です。親の手を借りなくても、独りで乗り降りしようとチャレンジするのです。その時に落下するとうい事故の発生は想像に容易いですね。つまり、本質的な改善がなされていないということです。難しい問題だとは思いますが、これに関しては、外で遊ばせる以上、ある程度は仕方のないことです。出来る限り、自由に遊ばせてあげたいものですね。子供のために、と考えてやっていることは、ただの大人の押し付けかもしれません。そうそう、またまた関係ない話ですが、ピアノは、計画通り、アメリカンパトロールを練習しました。それと、ソナタK545も。アメリカンパトロールのようなアップテンポ?の曲は、弾いていて楽しいですね。とは言っても、まだ全く弾けませんが。ソナタもテンポは良いのですが、どちらかと言えば、流れるようなイメージです。曲調が違う場合、続けて弾くときは、少し間を開けます。感情をリセットするような感じでしょうか。これは感情移入している証拠でもあり、決して悪い事ではないと自分では考えています。むしろ、それを望んでいるのです。曲に支配されたい、そんな願望でしょうか。おっと、危うく2000文字に達してしまいそうでした。今日はここまで。